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2015年5月

2015年5月28日 (木)

Ke Aloha。

前回のクムワークで教えていただいた”Ke Aloha”

今年のMMFでは、入退場のKa`i(カイ)、Ho`i(ホイ)も含めて登場回数が一番多かったのではないでしょうか?

本編のMele(メレ)にこの曲を選んだハーラウのKumu Kapuaのお母様は、昨年ハワイ内外を問わず多くのフラ関係者に惜しまれながらこの世を去った偉大なクムフラ、Aloha Delireさんです。

この曲が大好きだったというお母様の思い出を、Kumu Kapuaはインタビューのなかで涙ながらに語っていました。

曲の途中、ダンサーたちはステージ上で大きなハート型のフォーメーションを披露します。

観客席やジャッジ席からはよく分かりません。

たったひとつ、上からの角度を除いてはその形を捉えることは難しかったでしょう。

それが、ある人への大切なメッセージだったと気づいたのは、曲の終盤にダンサーが空に向かって手を差し伸べた瞬間でした。

いまでは天空から彼女たちをそっと見守っている人に、何かを伝えているような気がしました。

それは寂しさでも哀しさでもなく、安心感を与えるような穏やかさと幸福感に満ち溢れたものでした。

『ありがとう、愛しています。』

この曲を選んだ本当の意味は、ここにあるのかもしれません。

http://www.k5thehometeam.com/category/194391/video-landing-page?clipId=11381578&autostart=true

... -イラストフリー素材/ハート

唐揚げ

…に見えませんか?

と思っていたら、SNSで見かけたこの写真の投稿者も、『きっとお腹がすいているに違いない…どうしてもフライドチキンに見えてしまう。』というコメントを掲げていました。

さて、この笑顔とタイトルに引き寄せられて買った雑誌。

最近、なんだか無性に体を動かしたい衝動にかられています。

朝起きてから夜眠りにつくまで、できるだけポジティブに、そしてハッピーに過ごしたいと常々思っていますが、そのためにはやはり健やかな精神と身体が絶対不可欠です。

まず、ここ最近の体力不足を改善すべく何気なく始めてみたランニング

ストイックな事は一切やめて、ゆっくり走る、疲れたら歩く、気が向かない日はやらない、そんなゆるーい調子で3週間続いています。

コースを決めずに行けるところまで走り、帰りはクールダウンも兼ねて歩いて帰宅。

聞きつけた友人たちは「痩せた?痩せた?」とすぐに尋ねますが、これがむしろ体重が増えていたりする日もあるのが本当に不思議です

でも、持久力はついてきたような気がします。

一日を元気に”過ごしきる”ことが多くなってきました。

気分転換にもなるし、しばらくは続けてみようと思います。

何といっても、走った後の唐揚げは最高です

意味なし。

2015年5月26日 (火)

10周年おめでとう!。

5/24の日曜日、Kahealani Aloha Hula Studio主宰、カヘアラニ薫先生の10周年記念Ho`ikeにご招待いただき、全国の仲間とともにお祝いに駆けつけました。

今回、残念ながらクムは出席することができませんでしたが、ナープアのダンサーには、クムの分までひとり一人が心を込めて踊るように伝え、みんなはそれによく応えてくれました。

私は薫先生とお付き合いも長く、度々同じ舞台に立ち、生徒同士の交流もありましたので、客席からみなさんの踊りを観ているのがちょっぴり不思議な感覚でした。

まるで学校の先生が同窓会で再会したかつての教え子たちの近況報告を聞いているような、ステージ上でキラキラと輝くみなさんのお顔を眺めながら、誇らしいような気持ちが芽生えてきました。

クプナのみなさんが踊られた”Ka Pua `Ano Lani”、引き込まれてしまうほどに表情豊かで、思わず涙が溢れました。

ワヒネは”Aloha No Kalakaua”が印象に残り、清楚な踊りのなかにも歌に込められた強く確かな想いがしっかりと見てとれました。

いい旅立ちをしたんですね…改めまして心からお祝いを申し上げます。

男勝りで、泣き虫で、面白くて、パニくるとさらに面白くて、そしてかなりの色黒で(笑)…でも、フラに対する情熱をこれほどまでに強く抱いている人に、私は今まで会ったことがありません。

そんな薫先生とめぐり逢えた奇跡に心から感謝しています。

運命の糸を引き寄せてくれたのはクムでした。

私がハワイで最初にクムに会った日、それは薫先生との出会いの日でもあります。

何度も何度も共に泣きながら、笑いながら、同じ時を過ごしてきました。

10年間よく頑張ったね、おめでとう

生徒のみなさん、温かく迎えてくださり、また当日は慌ただしいなか常に私たちにも細やかな心配りをしてくださり、本当にどうもありがとう。

ナープアにとってもお手本となるような、心温まる素敵なHo`ikeでした。

これからも楽しくフラを踊り続けてください





2015年5月20日 (水)

ハプニング

【旅のふり返り日記】MMF編④

コンサート、演劇、スポーツゲーム、どんなジャンルのものでも、会場に足を運んで初めて得られる臨場感、それはスクリーンを通さないLIVEの醍醐味ともいえますが、客席を見回してみると他にもテレビ中継やDVDでは分からない面白い風景に遭遇することがあります。

MMF会場でお隣に座ったご婦人、パンフレットに何やら細かく書き込んでいます。

後から来たお友達との会話で、どうやら地元のクムフラであるらしいと推察できました。

きっと衣装やレイについての考察を記しているのでしょう、そんな方が会場内にちらほら…これもひとつの楽しみ方です。

ご婦人は独自の採点もしていたようですが、その評価は少々厳しかったようです。

観客の拍手が多いのは地元ヒロのハーラウ、そして今回モロカイ島からエントリーしたハーラウは大きな歓声でステージに迎えられました。

過去を振り返っても、モロカイ島からのエントリーはとても少ないのです。

会場にいると、この祭典を毎年楽しみにしている、ダンサーではない一般市民の方々が多くいることがよく分かります。

こんな事もありました。

あるミス・アロハフラ候補のダンサーのカヒコ、ステージに上がって立ち位置にスタンバイしたところでテレビ中継にコマーシャルが入るというハプニング…彼女はステージにひとり立ったまま再開を待つことになりました。

彼女にとっては長く長く感じる数分間…呼吸を整え、落ち着つくよう自分に何度も言い聞かせていたと思います。

客席に向けて立っていたため、ステージ後方にいるクムを振り返ることもできない、当然観客たちの視線は彼女にくぎ付けです。

そんななか、望遠鏡で何かをじっと見ていた、あのお隣のご婦人がつぶやきました。

「彼女、全然笑ってない。どんな状況でも笑顔を絶やすべきではないのに。」

その後ようやく踊りだしたダンサーは、ハプニングなどまったく感じさせない、流れるようなそれは素敵なフラを披露しました。

拍手喝采のなかステージを降りる彼女に、ご婦人が最後に一言。

「素晴らしかったわ!!」

このダンサーは見事4位に入賞しました。

ご婦人の少々辛くも愛情のこもったその温かい眼に、狂いはなかったようですね

そんな彼女のフラカヒコはコチラから。

2015年5月14日 (木)

ニコニコ。

【旅のふり返り日記】MMF編③

我らがLIKIの登場

初めての大舞台、ましてや”フラのオリンピック”ともいわれているコンペティションでのバックバンドとあって、緊張はピークに達していたと思います。

しかし、ひとつ前のプログラムで姿を見せた彼は、こちらの心配をよそに終始ニコニコとして普段と全く変わりがないように見えました。

いよいよ出番となり、ミュージシャンエリアにスタンバイ…

えーーーーーー

その箱どけてーーーーーーーーー

ダンサーを見たり、ミュージシャンを双眼鏡で覗いたり、写真を撮ったり…

運動会でレンズ越しに子供たちを追いかけるパパママのごとく忙しかった

現れたときと同じように、やはり満面の笑みをたたえて彼は会場を後にしました。

過去に2回ほどダンサーとして立ったこのステージに、今回はミュージシャンとして帰ってきました。

長年の夢が叶った瞬間でもあります。

彼の目に映ったのはこんな景色

でも、まだまだ”はじめの一歩”…これからの飛躍が楽しみです。

そして彼は、この秋結婚を控えています。

幾重にもおめでとう

出来る?

身体への負担を考えて、マイナス5kgのダイエットをするよう勧告されました。

この人

つぶらな瞳でまっすぐに見つめているのは、もうすぐご飯の時間だからです。

私はこちら側でソファーに座っていますが、態勢を少しでも変えようものなら連続ジャンプで猛烈にアピールします。

本当に出来るのー?ダイエット

聞いた話では、人は”習慣”を身に付けるのに21日間を必要とするそうです。

例えば、毎朝の起床時間を6:30から6:00に変更する場合、身体が習慣として認識するのは3週間後ということになります。

その間、もう一度ベッドに倒れ込みたい衝動にひたすら耐えなければなりません。

この子のご飯の量を制限し始めてまだ5日…彼女の忍耐力に賭けてみましょう

私も久しぶりに会った人に言われました。

「太りました?」

友よ、一緒に頑張ろう

2015年5月13日 (水)

感謝のフラ。

【旅のふり返り日記】MMF編②

昨年のミス・アロハフラに選ばれたKe`alohilani Tara Eliga Serrao、一年間のタイトルホルダーとしての役目をもうすぐ終えようという今年度のアワード発表を前に、感謝のフラ”Farewell Performance”を披露しました。

”Farewell”とは、長い旅路の果てのお別れに言い交す挨拶を意味します。

前年の勝者が毎年このようにミス・アロハフラとしての最後のステージを迎えますが、各々に創意工夫があり、いつも楽しみにしています。

過去には、フラブラザーの歌声をバックに踊ったダンサー、フラシスターとともにステージに上がったダンサー、過去に自分を育ててくれた二人のクムに感謝の意を表したダンサー、踊る前に自分の想いをマイクで伝えたダンサー、そうそう、サプライズでステージ上でプロポーズを受けたダンサーもいました。

Ke`alohilaniは、過去にあまり例がないであろうカヒコを披露しました。

衣装こそ違いますが、一年前のあの夜を再現しているかのような場面。

彼女は小柄で可愛らしい印象ですが、そのチャントはクム譲りで力強く、よく伸びる素晴らしい声の持ち主です。

カヒコが終わると…なんとステージから降りることなく後方で早着替え、パウの下にドレスの長い裾を上手に隠していました。

準備している間は、彼女のクムが代わってオリを唱えます。

支度を整えた彼女はクムにレイをかけてもらい、今度はアウアナを踊りました。



構成の一部に過ぎないように見えるこの一連の流れは、ハーラウの伝統とスタイルをしっかりと受け継いで成長するダンサーと、惜しみない愛情と確固たる教示をもって導くクム、双方の揺るぎない信頼関係をはっきりと示していました。



ステージを降りた彼女を待っていたのは、過去、同じくミス・アロハフラの称号に輝いたダンサーたちからの祝福と労いを意味するレイとHUGの贈り物

所属ハーラウや時は違っても、同じ気持ちを、同じ環境を、同じ幸せを共有した彼女たち…言葉はなくてもギュッと抱きしめただけで、抱きしめられただけですべてを分かり合える存在です。

『事件は現場で起こっている』という言葉がありますが、会場にいないと知り得ない多くの事柄に触れて私も貴重な経験を積みました。

そして一年後には、さらにひと回り大きくなってJasmineもまたここに戻ってくるのでしょうね。

2015年5月12日 (火)

ミス・アロハフラ2015。

台風6号の影響で朝から強風にあおられ、関東でも夕方近くには雨が降りだして荒れた天候となるようです。

気象庁も厳重な警戒を呼びかけていますので、皆さん、どうぞお気をつけて

【旅のふり返り日記】MMF編①

一週間にわたってさまざまな関連行事が催されるフラの祭典、メリー・モナーク・フェスティバルの最後を飾るのはのコンペティション。

ソロ、グループカヒコ、グループアウアナと、午後6時から深夜0時近くまでの長丁場が3日間続きます。

初日はミス・アロハフラ、18歳から25歳までのワヒネのソロカテゴリー。

エントリーしたダンサーはひとりずつ順番にカヒコを踊り、一巡するとトップバッターに戻って同じ順番でアウアナを踊ります。

そして、その日のうちにアワード発表。

その年のハーラウの代表に選ばれた彼女たちは、その結果を聞いた上で翌日からはグループの一員として群舞に登場します。

満足感や達成感だけではない、時には悔しさが留まっている心を自身の力でうまく立て直し、翌朝にはグループの”1ダンサー”として踊ることを要求される…ソロとして選ばれるには、そうした精神力の強さ、気持ちを切り替える器用さも必要とされることでしょう。

さらに、グループだけなら2曲のところ、ソロとしてエントリーするダンサーだけは3日間で4曲をこなすというハードワークに耐え得るバイタリティを持ち合わせていないと務まりません。

競技会初日に一人だけステージに上がることが許される栄光、自信、喜び、感謝の気持ちは、日付が変わる頃にそれがどんなにネガティブなものに変わってしまっても、これからの長い人生において決して色褪せることなどないでしょう。

何よりも、そんな彼女たちの全てを受け止め、残り2日間をともに走り抜けるクムとフラシスターたちの存在がそのことを可能にしてくれています。

今年、ミス・アロハフラに輝いたのは、Hula Halau `O KamuelaのJasmine Kaleihiwa Dunlap

アウアナの曲は神話に基づく哀しいストーリー”Hopoe”でした。

歌の中で繰り返されるすすり泣く場面、自分の胸を叩いて哀しみを表現していたのがとても印象的でした。

観ているこちらも胸がざわついて切なくなるほどに圧巻の表現力。

踊り終えて拍手喝采のなかスロープを降りてくる彼女は、本当に涙を流していました。

ジャッジ席にはこの曲の作者が座っているという珍しい状況下、その目の前で、歌詞には表れない行間に託された想いまでもが彼女のフラによって見事に表現された瞬間…神話の登場人物がそのままそこに舞い降りたようでした。

2度目の挑戦で見事手にした栄冠、ハワイ言語賞とのダブル受賞も素晴らしい

ミス・アロハフラ2015 アウアナ

ミス・アロハフラ2015 カヒコ

2015年5月 7日 (木)

見事的中

日中は気温が上昇して半袖でも過ごせるようになりました。

今日がGW明けの出勤初日という人が多いでしょうか?

暦に関係なくお仕事だった人は、ランチのときだけでも屋外に出て心地よい風に当たる機会はありましたか?

沖縄ではもうすぐ梅雨入り…このようにさわやかな陽気も本当に短い期間だけですね。

植物が色鮮やかに目に映る季節、実家の庭に咲く花々を集めてみました。







こちらは満月には2日早いお月さま、角を曲がると不意に目の前に現れました。

都心よりもくっきりと鮮明に見えるような気がします。

『ここも東京。』

実家にほど近い、いまではパワースポットとしても有名な高尾山の昔のキャッチコピーを思い出しました。

さて、ここ数年はGWに遠出することもなく、日頃できない荷物の大移動、不用品の処分、部屋の模様替えなどに連休を充てています。

懐かしいもの、見たくはなかったものなどに紛れて、遠い昔の写真が数枚でてきました。

いまと同じ顔って、誰か言いましたね…

裏にはカッツの字で、”おばあちゃんに抱っこされてにっこり。”と書いてありました。

生後3ヶ月と少し、初節句の頃の写真だと思います。

3600gで生まれた私は抱っこも大変だったことでしょう。

そうそう、GW中に一番驚いたこと、それは英ウィリアム王子とキャサリン妃の間に生まれたプリンセスの名前

まだ英国王室が王女の名前を発表する前、出産を報じるニュース番組を見ていたカッツ夫が突然、「シャーロット!」と叫びました。

イギリスには縁もゆかりもない家ですので本当にびっくり!

まぁ、私の推理が正しければ…NHK朝の連続テレビ小説『マッサン』に出演していた女優さんの名前を聞きかじって口にしただけの安易な発想とは思いますが、見事的中!

「すっごいね!さっすがだね!」と褒めちぎったら、本人も大変ご満悦でした。

安上がり、少し早い父の日のプレゼント完了です

2015年5月 1日 (金)

最下位脱出

我が家の家族構成は、4人と1匹。

主従関係における順列は明らかで、私と1匹とで最下位を争っています。

”一番最後に来た人”である私は他者にアドバンテージがあることを認識していますが、1匹に対してはいつかは主導権を握ってみたいと考えています。

忙しくしている”主”飼い主の代わりに、ご飯、トイレ、お散歩の担当を日々真面目にこなし、そろそろお互いの立場も理解し納得した上で私の最下位脱出も間もなく、と思っていました。

しかし、最近は名前を呼んでも来ない。

「おいで。」といっても来ない。

「トイレ行く?」と聞いても目を開けない。

「お散歩行く?」と誘っても微動だにしない。

もう12歳、耳も遠くなったのね…これからは主従関係なんてどうでもいいから、一日でも長く仲良く寄り添って過ごそうね。

”副”飼い主の私は”主”飼い主に、日々気になった事を申し送りすることにしています。

「今日はお水をよく飲みました。」「ずーっと寝ていたので少し長くお散歩しました。」など。

先日、こんな報告をすると…

副:「最近は耳が遠くなりましたね、呼んでもなかなか来なくてトイレに時間がかかりました。」

主:「?」

副:「もう12歳だから、仕方ないですよね?」

主:「んー、そんな事はないと思うけど。遠くにいても、フードの袋に手が当たってカサって音がしただけで飛び起きてくるから。」

はい?

ふーん

聞こえない振りをするとは、なかなかいい度胸してるじゃないの。

私の最下位脱出大作戦はまだまだ続きます

ロイヤルコート。

MMFの会場となるのはイーディス・カナカオレ・スタジアムというテニスコート、そこに大きなステージを設営し椅子を配置してコンペティションの舞台を作り上げていきます。

木製の高い屋根がアーチ状にかかった趣きのある場内、ステージの背面部は吹き抜けになっているため、ダンサーは自然と空をバックに踊ることになります。

前夜祭、競技会を通して4日間、毎日午後6時にボーイズたちが吹くホラ貝を合図にロイヤルコートのセレモニーで幕開け。

アナウンスに促され、ジャッジを含む全員が起立してキング、クイーンに扮した一行の入場を出迎えます。

ロイヤル一行が王座に到着するとアメリカ合衆国国歌斉唱、”Hawai`i Pono`i(ハワイ ポノイ)”斉唱と続きます。

”ハワイ ポノイ”はハワイ王国時代の国歌であり、現在は1967年に議会によって定められたハワイ州の州歌になっています。

このフェスティバルにその名を配している第7代カラーカウア王によって作詞されました。

客席のなかに国歌を合唱する人が少なかったのに比べて、”ハワイ ポノイ”を合唱する人がとても多くいることに感銘を受けました。

ハワイアンコンサートなどの最後の曲としてに歌われることが多いのは”ハワイ アロハ”ですが、ハワイの人々がこの”ハワイ ポノイ”という曲をいかに大切にしているのかがよく分かる光景でした。

その歌声は高らかで抑揚に富み、すべてを包み込むように温かく、人々が心からハワイを愛していることを喜びをもって示しているように感じました。

そして最後に、お隣の人と手をつないで、つまり場内にいるすべての人々がひとつに繋がってお祈りをしセレモニーは終了となります。

素晴らしい体験でした

さて、ロイヤルコートで入場した方たちはプログラムの一番最後に退場セレモニーを控えているため、着席したまますべての演目を観賞する必要があります。

途中休憩を挟むとはいえ、特に子供たちは可哀想なことに終始眠気との闘いです。

そしてとうとう…落ちた

クイーンも心配そうに眺めています。

その後、気付いた前列のお兄ちゃんたちが慌てて寝ている子を揺り起こしますが、なんと逆ギレしておりました

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