« 2016年12月 | トップページ | 2017年2月 »

2017年1月

2017年1月31日 (火)

新年会二つ。

年に一度くらいはクラスごとに集まって、美味しいものを食べながらワイワイしたいなと思っています。

先週の土曜日はお昼に市ヶ谷クラス、夜に池上マミーズサークルのW新年会でした。

日程が重なりましたが、渡ハ前の慌ただしいこの時期、かえってありがたい設定。

本当にお気遣い無用です。

スキマ時間を有効に消費すべく、二つの宴の間にさらに用事を組み込んだくらいですから。

こちらは明るい陽射しによく映える、余裕の笑みのフラガールたち

そしてこちらは、どうしても上がってしまうテンションを抑えつつ、夕闇をバックに微笑むフラガールたち



楽しくも、”あっ”という間の数時間、またみんなで行きましょうネ

しかもこの2件、店舗は違えど同じ系列のお店でした。

これまた気が合うね

でも、本当に本当にお気遣い無用です。

私、お昼に焼肉ランチした日の夜に、自ら焼肉を食べに行っちゃうくらいですから。

メニューは全部違ったし、ハワイアンの素敵な雰囲気のお店に長居して、たーくさんのメニューを食べ尽した気分で満足度も二倍二倍でした。

幹事の皆さん、お手配どうもありがとう

この日、市ヶ谷レギュラークラスは超々レアなことにフルメンバーが勢揃い。

長きにわたる私の願いが叶って全員写真が撮れたのですが、こんな姿なのには理由がありました。

この日は別名スパッツレッスンともいう、ベーシック強化レッスンみんな頑張ったね。

新しいことを習得することも大切ですが、時に原点に立ち戻ることも必要です。

そこで初めて浮き彫りになった発見、可能性が、個々の踊りに厚みを持たせることになります。

今週は秋葉原クラスでも行いますよ

2度目のスパッツレッスン、受けたい方はどうぞいらしてね

嬉しいこと二つ。

春のような麗らかな数日を過ごした後に、今朝の寒さは堪えます。

通勤電車の同じ車両に、酷い咳をしている人が必ずと言っていいほどいませんか?

いまは絶対にかかりたくないインフルエンザも脅威です。

黒酢しょうがパワーを信じて、毎日必死に摂取しています。

さてこちらの人、最近では私たちがコートを羽織った時点で『お留守番=バリケンに入る』という事態を察知し、ちょっとした抵抗を試みるようになりました。

もしや…と思ったら、まずは起こしていた半身をそっと横たえ、身体をピーンと伸ばして動く意思がないことをアピール。

そして次に、ベッドやソファに顔を埋めて聞こえない振り、寝ている振りをします。

それでも近づいてくる私たちを見て、最終手段としてグダーッと全身脱力…抱きかかえてでも動かそうとする私たちと、何としても敵の手には落ちるもんかと必死のタラとのせめぎ合い(笑)

こちらに時間の余裕があれば、「ハウス!」のコマンドを繰り返し自分からバリケンに入るよう根気よく誘導に努めますが、急いでいる場合、あの重~い身体をズルズルと引きずっていくしか手がなく厄介です。

小さい子供が”バイバイ”を嫌がるのと一緒ですね

さてさて、嬉しいことが二つありました。

昨日は年に数回の大田区内児童館でのボランティア・フラレッスン。

とても贅沢なことに、毎回生のウクレレ演奏で行っています。

素敵な歌声を聴かせてくれるHちゃんと、ニッコニコでお手伝いしてくれるSちゃん。

今回は年度の最終回ということで、参加してくださったママたちへ向けて、最後に『Lei Ho'oheno』を踊らせていただきました。

そうしたらね、涙を流してくださった方がいて、こちらももらい泣き。

小さなお子さまがいていっぱいいっぱいだった毎日、「ここに来て癒されました。」って泣いてくださったんです。

フラにさまざまなパワーが宿っているのは分かっていましたが、何が嬉しいって、”届いた”と間近で実感できるのはとても幸せなことです。

ウキウキとしながら帰宅途中、お花なんか買っちゃったりして

そうしたら、お花屋さんのおじさんがユリの花を一輪くれました。

「オマケだよ。」なんて言わずに、「いい香りがするからどうぞ。」って。

すっかり開いていて、お店には出せないお花だったのかもしれませんが、その言葉になんだか思いやりを感じてさらにHappyになりました。

皆さまにとっても素敵な一週間となりますように

2017年1月26日 (木)

2/11トーチ・ショー。

2/11のトーチ・ショーは、時間軸としての一年という節目を機に、天国にいるクム カレ・パワイを想い集うTribute Eventです。

広くご案内はしておりませんが、どなたでもご参加いただけます。

ハワイでも、すでに別のハーラウで踊っているかつてのクムの教え子たちがミーティング、練習に来ています。

日本においても、いまはマイカラニに属していなくても、クムに心を寄せ、いまだ愛してくださるたくさんの方々がいることをよく存じております。

マイカラニの生徒もそうですが、実際にハワイへ飛ぶことは難しくとも、想いは同じ。

皆さまの代わりに、せめてその想いだけは一緒にハワイへ、クムへ届けられたらと思っています。

もしよろしかったら、こちらの記事のコメントにてご連絡ください。

トランクに詰めてハワイまでお運びしますよ

2017年1月25日 (水)

再びあのフラ・マウントへ。

2/9からハワイへの渡航を予定しています。

時差の関係で、ハワイ到着は日本を発つ日と同じ2/9の朝。

日本と、日付変更線をまたいで東に位置するハワイとの時差は”-19時間”、ハワイの方が時間が遅れています。

いまハワイは何時かなと思ったときは、1日前の+5時間と計算します。

日本の正午はハワイの前日の午後5時。

その逆で、帰路はハワイから午前中の便に乗っても日本到着は翌日の午後となり、少し損したような気分になりますね。

2/9にどうしてもハワイに居たい理由があります。

その日はクムの祥月命日です。

もうすぐ一年、月日の過ぎ行くスピードは本当に速いです。

どこにいても想う気持ちは変わりませんが、ハワイでその日を迎えたいという私の身勝手な願いに耳を傾けてくださり、仕事関係、レッスンスケジュールなど、さまざまな調整やご協力をいただきながら希望どおりの旅程を組むことができました。

特に、休講が重なるAKBと池上マミーズの生徒の皆さんには心から感謝申し上げます。

どうもありがとうございました。

そして、2/11の土曜日、たくさんの想い出が色鮮やかに甦るであろうクヒオ・ビーチのフラマウントにて、かつてハーラウに所属していたフラシスター、フラブラザーが一堂に会し、一周忌を迎えたクムを偲ぶフラショーを行います。

甘い想い出ばかりではありません…ここで何度クムに怒られたことか(笑)

振りを間違えた、踊りがなってない、クペエを忘れた、準備に時間がかかり過ぎる

何事もなくショーが終わればその場ですぐ解散ですが、クムの雷が落ちたときには大変です。

ショーの後、スタジオに戻って即レッスンとなったこともありますし、翌日、前夜のショーと同じ衣装、同じ飾りを持参し、再度ラインナップに沿って早着替えの練習をしたこともあります。

そうそう、ステージに立ち、1曲目のカヒコの1バースを踊ったところで激しいシャワーに遭遇、クムの「Ho'i!」の掛け声でそのまま踊りながら退場し、雨が止まずにショーが中止になったこともあったっけ。

史上最短のトーチ・ショーでした

コンペのソロ出場に際し、度胸試しにと初めてひとりで踊らせてもらったのもあのステージ。

クムはいつも出場メンバーにそのような貴重な機会を与えてくれました。

それをビデオに収め、自宅に戻って検証し、最後の追い込みをかけるダンサーに有効的で愛のある指導を施すのです。

いつもいつもダンサーのことを一番に考えてくれた人でした。

また、3ヶ月のハワイ滞在を終えて間もなく帰国するという最後のショーでは、出演者全員からサプライズとしてレイとフラをプレゼントされたこともありました。

ハラウ10周年記念ホイケの後に行われたときには、アラカイがクムに逆サプライズを仕掛けたり、ハワイに一緒に行った生徒さんは、クムの計らいによりステージで踊ることもできましたね。

東京教室の5周年ホイケを開催するにあたり、生徒のみんなにアンケートを実施し、フラに関してこれまで印象に残ったことは何かと質問したところ、このトーチ・ショーを挙げた人が多くいました。

日本人の観光客の方に声をかけられ、連絡先を渡したら本当に日本のお教室に体験レッスンに来てくださって生徒さんになってくれた方もいましたね。

想い出を並べたらキリがありません。

クムを亡くした私たちが、あのステージにもう一度立てるなんて本当に夢のようです。

ハワイのみんなのクムを想う気持ちが、実現に導いてくれたのだと思います。

そのおかげで私もまた、ハワイに”帰る”ことができます。

日本校からは4名の生徒さんを含む9名が、そしてニューヨーク校からも2名の生徒さんが参加する予定です。

ハワイでは週に一度集まって、この日のために練習をしています。

これは、トーチショーではなく、カピオラニ公園のバンドスタンドでのショーを終えたときの集合写真。

みんながカメラに向かって優しく微笑むなか、一番上の段のクムを見てください…らしいですよね

このとき私は、あのブルーのツーピースの衣装を着てブルーハワイを踊りました。

あれから約9年、大人に成長したみんなに会えるといいな

2017年1月24日 (火)

ヒマヒマ

何となくinstagramを始めてみましたが、最近ではFBよりもアクセスする回数が断然多くなりました。

閲覧する側からいえば、”読む”より”見る”という一覧性が手軽でGOOD

投稿される写真が次々とタイムラインに登場してはあっという間に消えてゆくスピード感はFBとさほど変わりありませんが、ブックマーク機能を使えば興味ある写真をお気に入りとして保存できるため、いつでも閲覧できて便利です。

投稿する側からいえば、例えばブログですと記事を書くための写真をわざわざ撮ったりしますが、instagramは撮っておいた写真を備忘録、あるいは日記に見立てて写真主体で綴れるので文章なしでもサクッとアップできるところが魅力です。

さて、インスタと少し被りますが、最近撮った写真です。

こちらの紅しぐれ大根を、

紅しぐれ

おろすとこんなにきれいな薄紫色になり、さらにゆずを絞って酸を加えるとピンク色に変わりました。

紫色の色素はアントシアニンで、青首大根と比べて約3倍の抗酸化作用があるといわれています。

アンチエイジングに効果大ですね。

そしてこちらは私が作ったドライカレー

家事の中で一番好きなのは都度完結できる”洗濯”なのですが、たまには料理もします。

同居している義理の弟が無類のカレー好きで、朝・昼・晩とカレーでなんですって。

作り置きもできるし、ご飯にはもちろん、パンに乗せてさらにとろけるチーズを一枚、トースターで温めても美味しく頂けます。

ルーも少し使いますが、カレー粉、ウスターソース、醤油、トマト缶、ケチャップ、ハチミツ、野菜だしなどなどたくさん入れて煮込みます。

こちらはランチによく行く、『ソーダに合うトースト・サンドイッチを提供するお店』の自家製生姜ソーダ。

いつも飾り花が添えられていてウキっとします。

この日はハラウカラーのお花でした。

オマケで…

アングルのせいか、やたら顔が長くてなんだかバランスのおかしいタラ。

もはや犬ではなさそうな…

さらにもう一枚。

ナマコに目を付けたみたいで笑えるでしょ。

ふふふ…ちょっとヒマヒマでした

2017年1月19日 (木)

夫婦って

一昨日テレビドラマを見ていたら、興味深い台詞がでてきました。

夫婦って何ですか?との問いに、ヒロインが「夫婦って、別れられる家族だと思います。」と答えるんです。

なるほど、本当にそうよね。

親や子どもは他人にはなり得ない。

書面ではどうにでもなりますが、心がそれを許しませんよね。

奥様のことを”人生の伴走者”と言いきった方もいました。

上手いなぁ。

少し長い旅に出ている家族が今度の日曜日に帰ってきます。

居ない間にやりたいことがたーーくさんあったのに、意外とできないものですね

映画を観たり、マリー・アントワネット展に行ったり、買い物や片付けや断捨離、カフェでまったりとか、目的もなく街をブラブラしたりとか、夜中まで海外ドラマを観たり、それから、ふて寝!うたた寝!

OL時代、同じ部署の先輩が結婚し、独身時代と一番変わったことは何ですか?と尋ねたら…

「ふて寝できないこと!」と即答しました。

ふて寝した場合、旦那さまにしつこく理由を聞かれ面倒だと言っていました。

「独りだったら気兼ねなくふて寝して、このモヤモヤを解消できるのに!」って。

当時は意味がよく分からず、「はい?」って感じでしたが、いまならよーく理解できます。

家族が居てできないことは何一つとしてないのですが、何というか、気にしなくていいのはとても気が楽です

彼の不在中、私の頭の中ではグルグルとある言葉が回っておりました。

『亭主元気で留守がいい。』

ずいぶん昔の何かのCMのキャッチコピーだったかなー。

ずーーっと留守だとやはり寂しいし困ることもでてくるでしょうが、元気で好きなことを存分にやって、人生をご機嫌に謳歌してくれたらいいなと思っています。

あと数日か…

もう1週間、いや、あと2週間くらい延長してもよくってよ

ただし元気でね

2017年1月18日 (水)

124年前の昨日。

ハワイ王朝第8代、クイーン・リリウオカラニが即位したのは1891年1月29日。

第7代国王であった兄のカラカウアが渡米中に病死したことを受け、すでに王位継承者に指名されていたリリウオカラニが女王の座に就きました。

このとき、ハワイは王政の存続を賭けた動乱の真っ只中にありました。

1893年1月16日、王政派と共和制派が激しく対立するなか、米国の駐ハワイ公使ジョン・スティーブンスの要請によりアメリカ海兵隊がイオラニ宮殿を包囲。

翌17日には共和制派が政庁舎を占拠して臨時政府を樹立、併せて王政の廃止を宣言しました。

このとき、政庁舎には星条旗が掲げられたといいます。

リリウオカラニ女王がハワイ王国の君主でなくなったのは、124年前の昨日のことです。

歴史上、ハワイ革命といわれる出来事です。

最終的に米国政府はこの革命が不法なものであることを認め公使を更迭していますが、アメリカ併合への流れをくい止めることはもはや誰にもできない状況でした。

そして1895年1月22日、臨時政府がサンフォード・ドールを大統領としてハワイ共和国の独立を宣言、これに対し王政派が反乱するも新政府軍に鎮圧されます。

リリウオカラニは反乱で捉えられた200名の命と引き換えに女王廃位の署名をし、ハワイ王国は完全に滅亡することとなりました。

1891年に夫と死別し、子どものいなかった彼女が後継者に指名した姪のカイウラニは1899年、23歳の若さでこの世を去りました。

その後のハワイが辿った運命をひとり見守ることとなったリリウオカラニは、1917年に79歳で亡くなるまで、ワシントン・プレイスと呼ばれる白亜の邸宅で静かな余生を送ったといいます。

いまだハワイの人々が彼女を愛してやまないのは、歴史の波に翻弄され、一度は王位に就きながら囚われの身となった彼女の悲劇に同情を寄せたからではなく、ハワイの人々の、そして彼女自身の祖国を身を挺して守ろうとしたその正義に魅せられたからでしょうか。

画像

彼女の死後42年経った1959年8月21日、ハワイは米国50番目の州となり、完全なる米国領となりました。

それから50年の時を経て誕生したハワイ州出身、アメリカ合衆国のオバマ大統領の任期も残りわずかですね。

ハワイの歴史、もっと知りたくなりませんか?

2017年1月17日 (火)

特別な日

大寒波の襲来により、すでにこの冬の”底”ではないかと思わせる寒さに凍える毎日です。

昨日の朝7時にベランダに干した洗濯物が、30分後にはカチカチになっていてびっくりしました。

雪深い地域にお住まいの皆さまにおかれましては、私たちの想像にも及ばないご苦労を抱えての毎日をお過ごしのことと思います。

どうぞどうぞお気をつけてお過ごしください。

もう22年の月日が流れたのですね。

阪神・淡路大震災が起こったのは1995年の今日、朝早くのことでした。

私は有給休暇を利用して海外に旅行中でした。

ニュースは日本から遠く離れた私たちの耳にも届いていましたが、帰国後、初めて目にした被害を伝える映像に身体が震えたのを覚えています。

1月17日は、ハワイの人々にとっても特別な日です。

皆さまの愛する大切なひとが、日本中、世界中、宇宙中、どこにいらしても、心安らかに過ごされていますようお祈りいたします。

2017年1月12日 (木)

バトンタッチ

「ブログ、読んでますよー。」なんて声をかけていただくと、嬉しくなります

いつもご愛顧いただき、誠にありがとうございます。

そして、次に笑いながらこうおっしゃる方がとても多いのです。

「カッツさん、面白いですよね

私のツボは、皆さんのツボでもあることを再認識

これまで私が最高に笑ったのは、デパートから届いた『L&LL大きいサイズバーゲン』のDMを見たカッツが呟いたときのこと。

「どうして私がデブだって知ってるのかしら?」

普段は冷静な義姉までもが思わず吹いていました。

先日のこと、実家の居間で新聞を読んでいると、隣から聞こえるカッツの声。

本人は独り言と言い張りますが、明らかに声のボリュームがそうではないのです。

「えっとね、えっとね、死ぬまでに食べたいものはねぇ…」

と、この時点でなぜか質問に答える風なのですが、誰も訊ねていない訳です。

「まずぅー、フグね、フグ!あー、食べたいっ!」

「それからね、あれ、何だっけ?…」

忘れるくらいならもう言わなくていいから。

「あ、そうそう、カニ、美味しいカニね、絶対食べたーーーい!!」

「それから……」

と、ここで席を立ちましたよ、やることがありましたので。

カッツが意図したかどうかは定かではありませんが、これらはオートマティックにしっかりと私の脳裏に記録されまして、今では夜な夜な評判のお店を検索している次第です。

あー、今週末、実家に帰ろうかな

帰れば帰ったで小言や詮索がやかましく、話をするのも億劫になるときがあります。

それでも、若き日の両親が幼い私の手を引いて望む場所へと連れて行ってくれたように、これからはバトンタッチした私がどこへでもお供いたします。

さて、フグとカニ、どちらを先にしましょうか

皆さんのオススメのお店がありましたら、ぜひ教えてください

2017年1月11日 (水)

サークルのお楽しみ会。

サークルでは年に一回ほど、フラのレッスンを離れてお楽しみ会的な催しを開いています。

これまでは、みんなでリボンレイのバレッタやクロシェット・レイを作ったりしましたが、今回、大田区のマミーズサークルから『ハワイ語講座』のご要望があり、ハワイ語の綴りや発音、特徴などについて少しお話をさせていただきました。

生徒さんに内容を考えていただくお楽しみ会もいいですね。

私ったら、偉そうに教壇に立っています(笑)

小学校の頃から先生になるのが夢でした

”先生”という点ではある意味夢を叶えた幸せ者なのですが、パウを脱いで皆さんの前に立つという貴重な経験をさせていただき、大変緊張もしましたが嬉しかったです。

かつて、ハワイアンは口承によってすべての事象を伝える文字を持たない民族でした。

現代ではアルファベットでハワイ語が綴られるのが当たり前となりましたが、では、アルファベット全26文字のなかでハワイ語表記に使われる文字はいくつあるでしょうか?

そんな内容のお話をしました。

レギュラークラスのみんなは分かる、よね?

講義の後はランチ会、子供たちも含めたくさんの方が参加してくださり、また私のお誕生日のお祝いまでしていただきましてどうもありがとうございました。

頂戴したハーラウカラーの豪華な花束。

一日も欠かすことなくお水を取り替えていたら、カサブランカの最後の蕾がようやく今朝開き始めました。

枝に付いていた蕾が順番に少しずつ開花していき、お花が途切れる日はありませんでした。

そのおかげで、部屋のドアを開けた瞬間に感じるあの芳醇な香りといったら…

毎日帰宅するのが本当に楽しみでした。

頂戴したのは昨年の12/16、ひと月近くも元気にもってくれたのは、皆さんの愛情が注入されているからですね

そして、もう一つのプレゼント…この袋の中身は、個々に書いてくださったメッセージカード。

フラへの熱い想いを書いてくれたり、フラにどんなに癒されているかとか、お子さんの書いたものが添えられているカードもありました。

手に取れる、目に見えるカードだけではなく、心に置く大事な宝物が増えたような気がしています。

これからも楽しく踊りましょう。

そうそう、桜の季節のデビュー戦も楽しみにしています

さんざん持ち上げておいて、最後にプレッシャー

黒酢生姜。

これはいくらなんでもマズいでしょ…

寝顔が可愛くないって、ちょっと珍しいですよね

これもマズ…

あ、失礼しました…こちらはマズくなかったです(笑)

晴れやかな笑顔でしょ

1/5にハラウの先陣をきって踊り始めとなったAKBのみんなから、今月お休みをしてハワイで挙式をするYちゃんへ、”おめでとう”の想いを写真に込めて送りました。

素敵なウェディングの写真を見せていただくのが楽しみです

さて、年末年始が温暖だっただけに、先週からの厳しい寒さが身に沁みますね。

梅の開花の便りもチラホラ耳に届くようになりましたが、流行り風邪が猛威を振るうのはこれからです。

皆さま、どうぞご自愛ください。

この冬、私は珍しく風邪をひいていません。

家族から半ば強要され、日常的に摂取している『黒酢生姜』が効いているような気がします。

生姜をみじん切りにして黒酢に漬けるだけなのですが、サラダにかければドレッシング要らず、また、フライパンで焼いたお野菜やお肉の味付けにも便利に使えます。

血液サラサラ、血圧低下、冷え解消、疲労回復に効果あり、こうした効能はもちろん免疫力に繋がります。

最近ではネットでも作り方や活用レシピがたくさん紹介されていますので、興味のある方はぜひお試しあれ。

と言いながら体調を崩していては説得力ですので、私もせっせと毎日スプーン山盛り一杯を摂りましょう。

そうそう、代謝がアップするのでダイエットも期待できるんですってよ、そこの奥さーーーーーーん

2017年1月 4日 (水)

年始のご挨拶。

明けましておめでとうございます。

天候に恵まれて暖かな2017年の幕開けとなりました。

皆さんは年末年始をいかが過ごされたでしょうか。

我が家ではめずらしく家族4人と1匹が勢揃い、ゆっくりとした時の流れのなかで新年の産声を聞きました。

さて、開設当初より使用していたこのブログのタイトルを元旦より変更いたしました。

当時のハラウ名をそのまま配しスタートしたブログですが、長いことよりふさわしいと思われる名前を探しておりました。

なかなかこれというものにたどり着けずにいた昨年末、ふと出会ったこの言葉。

今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年は皆さまご存知のとおり、この上ない辛く悲しいニュースが突然に舞い込みました。

多くのことを感じて感じ、考えて考えた一年でした。

それでも、こうして穏やかな気持ちで新しい年を迎えることができたのも、いつも心に寄り添ってくださった皆さまのおかげです。

温かい言葉を掛けてくれた方、遠くで静かに見守ってくれた方、ただただ一緒に時間を過ごしてくれた方、何も言わずに抱きしめてくれた方、一緒に踊ってくれた方、一緒に笑ってくれた方、一緒に泣いてくれた方…たくさんの、本当にたくさんの手に支えられて、私はいまここにこうして立っています。

私のなかで2016年の印象深い出来事№1は、クムが亡くなったことではなく、皆さまからたくさんの愛を贈られたことです。

クムに出会わずして繋がり得なかった多くの方々、クムはとてつもなく強く確かなものを私に遺してくれました。

あのコンペの時、クムが私をハグしてくれなかったのは、大事な局面でミスをしたからではもちろんなく、終わったことに固執し前を向こうとしなかった私に前進する勇気を授けたかったからなのかもしれません。

クムは心の中で、”Go forward!(前に進め!)”と何度も叫んでいたと思います。

そして、おそらく今も。

この心境に至るには、私ひとりの踏ん張りでは到底無理でした。

以前と変わらず側にいてくれる皆さまが、私がどんなに悲観しようとも諦めずに背中を押し続けてくれたのです。

”ありがとう”、この一言に尽きます。

私はいま幸せだと、心の底から思えます。

ところでこの人、さては自分が可愛いって知ってるな。

あごを引いちゃったりなんかして

”多良”、とても素敵な名前です。

皆さまにも、多くの良い事が訪れる一年となりますように

本年もどうぞよろしくお願い致します。

« 2016年12月 | トップページ | 2017年2月 »