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2017年2月

2017年2月28日 (火)

ふり返り日記。

ハワイふり返り日記…東京から参加してくれたJ&Aが送ってくれた写真で綴ります。

ありがとね

これはショー前夜、レイメイキングのショット。

ダンサーの子供たちもお手伝い

ありがたいことに手作りの温かい食事の差し入れがありました。

元アラカイKの旦那さまTから。

写真中央のバックの中にはお刺身が…彼が釣り上げたそうです。

お手製のソースも添えられていて、どんな味?と聞いたらLITTLE BIT SPICYって言うからちょこっと味見してみたのですが…

辛っーーーーーー

何が入ってるの?「ん?ハラペーニョだよ。」

それはね、SUPER SPICYって言うんだよ。

そんなこんなで完成したのがこちら。

レイに使ったのはこの3種のお花でした。

ショー当日のラインナップ、ダンサーが迷わぬよう着替え用テントに貼付するのはアラカイのお仕事。

今回はNちゃんが用意してくれました。

日本から参加してくれた4名の生徒さん。

クムとの記念写真、みんな満面の笑顔で安心しました。

渡航前は、ハワイの地に足を踏み入れた私が一体どんな心境に至るのかとても不安でしたが、願ったとおりのちょっと泣いてたくさん笑った旅となりました。

いまこうして過去の写真、特にクムが写っている写真を眺めていても心穏やかでいられるとは、一年前には想像すらできなかったことです。

無理することなく、ようやく一歩前に踏み出せそうな気がしています。

皆さま、ALOOOOOOOOOOHA

ショー翌日。

トーチショーの翌日はみんなでアラモアナ・ビーチ・パークに集まり、ビター&スイートなセレモニーとポットラックをしました。

飲んで、食べて、おしゃべりをして、ある人は時に気持ちよさそうにお昼寝、ある人は時にバレーボールでハッスル

ハワイの人たちは休日の昼下がりを家族や友人たちとこんな風に過ごします。

美しい景色と美味しいランチと気の置けない仲間たち、他にはな~んにも要らないですよね。

この日お誕生日を迎えたKのお祝いもしました。

私が出会ったのは彼女がまだケイキの頃、心優しく美しいお嬢さんに成長した姿に感涙。

ポットラックやパーティーでは、ミュージシャンがそこに居たならば誰からともなく歌いだし、ダンサーがそこに居たならば踊って踊ってと声が掛かります。

名残惜しさになかなかその場を立ち去れませんでしたが、屋外でのイベントは日没までの時間限定。

みんなと別れ際、11月に日本でね!と言えた相手と、そうじゃない相手がいました。

ここハワイで、またいつか再会できる日を楽しみにしています。

車に向かって歩きながら、水平線に沈みゆく太陽をしっかりと捉えることができました。

やはりハワイは楽園ですね

2017年2月27日 (月)

トーチ・ショー当日。

ちょうど一年ぶりのハワイ

予報通りの弱い雪が降るなか、特に交通機関に乱れもなく、無事空港に到着し同行する仲間たちと合流しました。

クムをお見送りするときに決まって入ったレストラン、4人だけだとなんだか寂しい感じです。

とはいえ、おしゃべりに夢中で案外ゆっくりと過ごしてしまい、大人なのにチェックインカウンターの係りの人に注意されるっていう

はい、走ってゲートに向かいましたよ…珍道中のはじまり、はじまり

到着したその日の夜から、最終リハーサルに参加。

屋外での練習、集合時間に5分の1程度しか集まらないハワイアンな時間の流れ(笑)、ハグを交わした後、まずはトーク、トーク、トークで一体いつ練習がスタートするのかといった雰囲気。

何もかもが以前と少しも変わりなく、いまにもクムがソーダ片手に現れそうな気がして、何度も何度もエレベーターホールに視線を送ってしまいます。

翌日は軽くフォーメーションを確認をした後、身に付けるココとレイ作り。

みんなが役割分担をしてスムーズに作業が終了、ショーの準備はこれで万端整いました。

あとは天候だけ、これが最も大きな心配の種でした。

ハワイ到着後も大きな変化はなく、土曜日は朝から雨の予報…ミュージシャンにその旨聞いてみると、首を振って口をつぐんでしまうのを見てさらに不安が募ります。

そして迎えたショー当日の朝、ホテルの窓から見えた景色がこちら。

ただの雨ではありません、強風を伴った”嵐”でした。

その日のうちに快方に向かうとのことでしたが、この状況で予報を信じろという方が無茶な気さえするほどの悪天候でした。

ダンサーたちの連絡網には、次々に心配する声や祈りの声、落ち着くことを促すアンティーの声などが飛び交い、ついには日程変更打診の連絡、あるいは場所を変えてやってはどうかとの提案のメッセージまで届きました。

一緒にジョイントするはずだったクムの友人のハーラウは早くにキャンセルを決意。

いよいよダメかと私も諦めかけたところに届いた一文を読み、私だけではなくダンサー一同、心が決まったと思います。

”The show is a gooooo”

”決行!”を意味します。

ホノルルで天気が回復傾向にある場合、通常はワイキキから北西に向かって徐々にクリーンになっていきますが、ワイキキではまだ雨が止む気配すらなかった時間帯でした。

不安にかられた私たちをなだめるためなのか、ただそう強く信じたかったのか、決行と言いきってくれたリーダーに感謝します。

私たちも回復を信じて準備を進める以外、他にすることは何一つありませんでした。

そんなやり取りをしているうちに空は少しずつ明るくなり、さらには雨が小降りになってきました。

「これなら止むかも。あとは芝生のコンディションだけだけど、お客さまがいなくてもいいよね、クムに届きさえすれば。」

そして、なんと数時間後には陽も差し始めて、集合時間に至ってはこんなに美しい景色を眺めることができたのです。

会場はステージ裏手までたくさんのお客さまで溢れかえっていました。

ミュージシャンの横に置かれたクムの写真。

間違いなくあなたもあのステージに居ましたね。

アウアナではみんなが想い想いのドレスを着て踊りました。

かつてのフラシスターに再会し、同じステージで一緒に踊る機会にも恵まれました。

私たちをここまで導いてくれたクムに感謝します。

ずいぶんとヤキモキさせられたけどね…

そして翌日、よく晴れた青空の下、クムはみんなに見守られながらハワイの海へと還ってゆきました。

クムはどこかに行ってしまったのではなく、私たち一人ひとりのすぐ側に永遠に居ることになったのだと理解しています。

逢って触れることはできないけれど、いつでもどこでも感じることができるでしょう。

そして、どうしようもなく逢いたくて逢いたくてたまらなくなったら、またこの海の見える場所に戻ってくればいいですね。

秋には東京でのアニバーサリー・コンサートが開催予定です。

もう二度とあんなハラハラドキドキは御免ですので、滞りなく無事に終わりますよう今から強く念を押しておきますね、クム。

まぁ、そんなに簡単にいくはずもないけどね…

あの素晴らしい時間をくださったすべての皆さまに心から御礼申し上げます。

2017年2月23日 (木)

ただいま

今日は気温が4月下旬並みの20℃まで上昇するとのことですが、夕方から夜にかけては6℃まで冷え込むそうですね。

寒暖の差に対応すべくいろいろと荷物を増やすのも億劫になり、気温を追いかけることはもう止めました。

今朝の暖かさにスプリングコートを着て家を出ましたが、寒くなったら自家熱でなんとか対応してみせます。

ハワイから帰ってきた途端、移りゆく季節の動きをしっかりと実感できるようになりました。

出発する日までは冬の只中だったような気がしますが…。

と、ここまで書いたところでオフィスの外に出ましたが、ちょっと気象庁さん…寒いんですけど

さて、ハワイから帰国した日は関東で春一番が強く吹いた日で、ホノルルの出発時刻はチェックインの時点で既に2時間遅れが決定、成田へは予定より2時間半遅れての到着となりました。

帰国して大喜びしてくれたのは家族の中でこの人だけ。

夜散歩中に自宅に到着した私が荷解きをしていると、後から帰ってきたタラは玄関ドアを開ける前に私の帰還を察知、猛スピードで2階まで駆け上がり跳びついてきました。

可愛いわね

ところが、あの慈しむべき愛情表現はどこに消えたのか…ベッタリだったのは帰国して2日くらいのもので、すっかり日常を取り戻したタラは、こんな冷めた顔で「いいからご飯ちょうだい。」のプレッシャーを毎日かけまくりです。

この日はにゃんにゃんにゃんで”猫の日”。

惜しい!”犬の日”だったらエキストラのおやつでもあげたのに…残念ネ

アラモアナ・ビーチでも可愛い子に遭遇

まだパピーかな…波に興味津々だけどまだちょっぴり怖いようで、寄せる波と追いかけっこをしていました。

ハワイでの出来事、お話したいことがたーくさんあります。

少しずつ載せますね。

ホッとして気が緩み体調を崩してしまいそうですが、元気に春を迎えたいですもの

人間の家族が全員風邪をひいているなか、私の免疫力だけが頼りです。

皆さまもどうぞご自愛くださいませ

2017年2月 8日 (水)

お土産リクエスト

こんなときは、カッツの話題で元気だそうっと

先日、ハワイのお土産は何がいいかと両親に尋ねると、カッツ夫は実用的なレスポのショルダーバックを指定してきました。

色、サイズとも明確で、無ければよいと。

負担を減らそうという心遣いがとても助かりますし、そう言われると数軒回ってでも希望の品を探してこようという気持ちになります。

「お金はもちろん出すから。」

「そんなのいーよー。」と、こうなる訳です。

一方、問題のカッツ

まず、その場では何も語らず、よく考えてから連絡すると…。

そして、何日考えたんだか忘れた頃に電話してきて、その説明が案の定まったく的を得ていませんでした。

「えっとえっと、袋。」

「どんな?」

「フラのレッスンに持っていくの。あのね、重くなくてサッと持てるヤツ。」

「どんな柄の?」

「赤とか青とか色は入ってなくて、黒地とか茶色のとかさ、よくあるじゃない。日本の出店で見るアレよ。」

だったら日本で買えばいいじゃないと言いそうになりましたが、そう伝えた場合、また改めて連絡するとなり、渡航当日のゲートに向かうタイミングあたりで電話がかかってくるような気がして面倒なので、もう少しだけ話を聞くことにしました。

「ナイロンとかでできてるの?」

「そうそう!たぶんね、スーパーにたくさん吊るってあるはずよ。」

「そう?誰かに聞いたの?」

「い、いや、よく知らないけど。」

無責任な…まぁ、見てみるけど。

「それから横型ね、私、背が低いから縦だと引きずっちゃうからね。」

いやいや、そーんなに長いバックないから。

ま、いっか、もしなかったらちょっとしたTシャツでも買えば。

「あと最後に言っておくけど、Tシャツだけは絶対に要らないからね。たくさんあるし。」

敵もさるもの、娘の考えていることがよくお分かりで。

そして、電話の向こうでさらにこう続けました。

「なんだか日本に居ないと思うと寂しいわね。」

はい?たった1週間ちょっとですけど。

それにそんなに頻繁に会っている訳でもないのに。

でも、そんなこと言われたら思わずね…

「帰国したらお土産持って帰るからね、楽しみに待ってて。」

気付いたらこう言っていた私。

あー、しまった

こうなったら、何としても”重くなくてサッと持てる、色のあまり入ってない、日本によくある、スーパーに吊るってあるかもしれない横型のナイロンの袋”を買わないと

待ってろ、カッツ

今回のハワイ旅。

今年に入って1/8以降まとまった雨が降らず、乾燥注意報が発令された日が今日までに数多くありました。

明日からハワイです

が、よりによって東京は明朝から1ヶ月ぶりの雨、もしくは雪だそうです。

長時間には及ばないとのことですが、ハワイが絡むとちょっと疑いたくなります。

これまでハワイに行く、またはハワイから誰かを迎えるという局面において、悪天候によりヒヤヒヤドキドキしたことが何度もありました。

そして今回はハワイに無事到着してもその心配は尽きないようです。

友人から送られてきたホノルルの週間天気予報。

今朝メッセージを確認した瞬間、バチッと目が覚めました…ウソでしょ?

大事なこの週末だけ雨じゃないの。

日曜日にも大切なセレモニーが予定されています。

雨季なのは承知しておりますが、どうかどうかショーの1時間だけでも雨が上がって、無事みんなでステージに立てますように。

クム、よろしくなんてエラそうでした…本当にすみません

クム、何卒よろしくお願い申し上げ奉ります

たとえトーチショーが中止になったとしても、かつての仲間たちとクムの想い出を語り合える時間が少しでも持てたら嬉しいです。

ショーのソングリストがほぼ決定し、ハワイで練習が始まったと聞いた今年の初め頃から、クムのことを想うことがとても多くなりました。

モーションの確認をしていると、その曲にまつわるクムとのエピソードが次々と浮かんできます。

クムは”人間”が大好きでしたから、他人より少し短くなってしまった人生の中で、他人より多く会話をしていたのではないかと思います。

その分、想い出もより深くより濃いのです。

亡くなった一年前、そのことが私にはとても辛く感じられました。

「いつか必ず時が解決してくれる。それまで待ってみよう。」

そんな実感も持てぬまま、まるでハッタリで行き場のない心を誤魔化すかのように、自分自身や身近な仲間たちを励ましながら何とかここまで辿り着きました。

いつもと違ってウキウキ、ワクワク感が全くない今回のハワイ旅、準備をしていてもまるで誰かの支度を手伝っているかのように他人事に思えました。

かといって憂鬱でも億劫でもないのですが、ハワイに到着し、一変してしまったクムの家の外観を目にしたとき、どう感じるのかとても不安でもあります。

ハワイに行けばいつでも逢えたクムは本当にもういないと思い知らされる、それが怖くて仕方がないのかもしれません。

ハワイのアンティーは、空き家となったクムの家の前を車で通り過ぎるたび、決まって涙が溢れると言っていました。

日常が日常でなくなる喪失感。

でもね、私にこうメッセージを送ってくれた人がいました。

「少し泣いてたくさん笑ってきてください。」

今回のハワイ旅、そうなるといいなと私も思っています。

皆さんの愛も想いも一緒に届けますね

2017年2月 7日 (火)

やめてほしいこと二つ

女の子なので公表するのもなんですが、この方、27キロあるそうです。

えーーー、そんなにあったんだ

私を見つけると喜び勇んで体当たりしてきますが、最近よろけるようになったのも納得。

自分が大きいという自覚がないのか、全身で寄りかかってきたり、膝に乗ってきたり、さらには身体の上によじ登って寝たりします。

27キロもの重量が一気にのしかかるので苦しいったら

やめてほしいと思います。

そして、”主”飼い主の意向もあって、この先アジリティーに挑戦するそうなのです。

アジリティーとは人間と犬とが息を合わせ、コース上に置かれたハードルやトンネルやシーソーなどの障害をクリアしていく競技です。

平日はフルタイムで仕事をしている主飼い主、余暇時間に犬と一緒に楽しめる何かを探していて、このアジリティーを知ったとのこと。

適度な運動と達成する喜びをハンドラーとなる人間と犬、双方が得られます。

一緒に並走できなくても、声のトーンや身振りで誘導する人もいるそうです。

この競技は犬との信頼関係が最も大切で、そのためにまず必要となるのは服従訓練。

コマンドで犬の行動をコントロールできるようにならないと、競技のスタートラインには立てません。

私も協力すべく、ダメなものはダメとキチンと教えるようにしています。

が、怒られるとこんなキラキラな瞳で見上げるんですよ

いい歳をして恥ずかしいのですが、あまりに無垢な姿に心打たれて泣きながら厳しく叱ることもあります。

抱きしめることは簡単ですが、大型犬は躾が必須ですし、その甘さがこの子を後々さらに追い詰めることにもなるので、歯を喰いしばり私も頑張っています。

だからね…そんな可愛い顔、もうやめてください。

さてさて、ハワイでは今週末のトーチショーに向けた練習が佳境を迎えています。

一緒に踊っていたワヒネたちの中にはママになった子もいて、ベイビーを抱っこできるのも嬉しいです。

ハワイは天候が不安定と聞いてとても心配しています。

屋外でのショー、どうかどうか、中止にだけはならないように心の底から祈っています。

クム、よろしく

新サービス二つ。

暖かい、寒いの繰り返し…春への序章ということでしたら受け入れますが、まだ少し早いですよね。

いかに身体を冷やさないかを常に考えています。

ハワイは今日も冷たい雨だそうで、激しい雨なのか高台からは眼下の街が見えないほどだそうです。

さて、ビショップ博物館は数年前からwifi対応のスマホやタブレットを使って楽しめる、オーディオ・ツアー・サービスを導入しています。

英語、ハワイ語、韓国語、中国語、日本語の多言語対応、館内に掲示してあるQRコードを読み取ってユーザーが操作することで、母国語での解説を得ることができます。

とっても便利で親切なサービスですよね。

下記にアクセスして試してみてください。

音声だけでなく、日本語で書かれた説明文を読むこともできます。

http://data.bishopmuseum.org/mobile/index.php?b=t&t=4

そして、アメリカに唯一存在するオアフ島ダウンタウンにあるイオラニ宮殿でも、昨年から3Dバーチャルツアーを開始。

スマホやパソコンから、指やキーボードを使って画面上で目的の方向へとドラッグするだけで、日本にいながらにしてまるで宮殿内を歩いているかのように自由に見学できるサービスです。

ルールに変わりがなければ、1階正面にあるコアウッドでできた階段は損傷を避けるためにビジターには昇降が禁じられているはずですが、3Dツアーにおいてはこの階段を使って2階へと上がることもできます。

http://www.iolanipalace.org/Visit/VirtualTour

もちろん実際にその場所を訪れて得るに勝るものなしですが、私も妄想ハワイ旅行のお供によく利用しています。

IT技術の進歩、普及により多くのことを手に入れた代償なのか、視力がびっくりするほど落ちました。

あ、”老化”とも言いますね

新しい眼鏡を買いに行かなくては

2017年2月 2日 (木)

ビショップ博物館。

Bernis Pauahi(バーニス・パウアヒ)という人物をご存知でしょうか?

カメハメハ大王のひ孫にして、カメハメハ王家直系最後の子孫でもありました。

カメハメハ5世からの求婚を断ってまで彼女が伴侶に選んだ相手、それは10歳年上のアメリカの若き実業家、チャールズ・リード・ビショップ、バーニス18歳のときの結婚でした。

時が流れ、病床に伏したカメハメハ5世は、今度は彼女に王位継承者としての指名を受けるよう願い出ますがこれも固辞、彼女は夫ビショップとの平穏な生活を望みました。

art

結婚後、自身の両親や親族からの遺産相続により、ハワイ全土の10%近くを個人所有することになった彼女。

もし、カメハメハ5世の求婚を受けていたとしたら…

ハワイ王朝は、その後のアメリカからの圧力にも耐え得る強固な財政基盤を築けていたかもしれないともいわれています。

バーニスは1884年に死去、夫がその莫大な財産を相続することになります。

彼はその遺産により、妻バーニスの名を冠し た『バーニス・ パウアヒ・ビショップ財団』を設立、ビショップ博物館やカメハメハ・スクールなど、教育や教会に援助を続ける一 方で、自ら保有することとなった銀行や不動産を通じ、リリウオカラニまでのハワイ王家6代をサポートしました。

ハワイ王国滅亡後、暫定政府や共和国政府からビショップに対し再三協力要請があり、入閣も打診されたようですが、それを潔しとしなかったビショップは引退してサンフランシスコに隠居、1915年に亡くなるまで静かに余生を送ったそうです。

オアフ島カリヒ地区に位置するビショップ博物館、そのコレクション総数はアメリカ合衆国全体でも3番目に多い1350万点にも上ります。

ビショップ博物館の写真

ここでいま、とても貴重な展示が会期中です。

1779年にイギリスの船団がハワイ島ケアラケクア湾に立ち寄った際、当時島を治めていたカラニオプウ(カメハメハ大王の伯父)がジェームス・クック船長に歓迎の印として贈ったアフウラ(鳥の羽根のマント)とマヒオレ(鳥の羽根のヘルメット)。

ホノルル市内のビショップ博物館

ホノルル市内のビショップ博物館

その後これらはニュージーランド博物館に保存されていましたが、昨年、OHA(ハワイ人問題事務局)とニュージーランド国立博物館、ビショップ博物館が提携し237年ぶりにハワイへ帰還したものです。

ニュージーランド国立博物館から10年間の貸出しということで展示されていますが、ビショップにて永続的に保管される可能性もあるということです。

昨年3月の公開当初、状態保存・さらなる研究の観点から会期は突然終了となることもあると聞きヒヤヒヤしていましたが、今回の渡航には間に合いそうですのでぜひ訪問したいと思います。

ちなみにこのマント、20000羽の鳥の羽を使用しており、その価値は約600万ドル以上だといわれています。

皆さんもハワイへ行かれる際にはぜひお立ち寄りください。

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